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英語で一発逆転!田舎者でも外資系金融で働けたブログ

外資系金融で働きたい人、外資系金融に転職したい人、外資系金融に憧れている人、そんな人のために情報発信をするブログです。その他、英語に関することや雑記などあれこれ書いています。

「すいません、舐めてました」

こんなこと考えてます 仕事

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世の中のことって単純化したら全然面白くない。

例えば

「え、それって〜なだけでしょ?」

という、何事も一言で済ませてしまう考え方。

その考え方を使うとビックリするほど世の中のことはシンプルになる。

サッカー選手は「ただボールを蹴っているだけ」だし、メジャーリーグで野球をしている選手だって「ただ棒を振って玉に当てるだけ」

料理人は「飯を作っているだけ」になるんだろうし、寿司屋の職人は「ただ魚を飯と握っているだけ」になるんだろう。

単純化させるってことは時として【突破口】を開くためは必要な一つの考え方だけれども、常にこういう考え方をしている人は本当につまらない。

したり顏で

「え、それって〜なだけでしょ?」

ってやったこともないくせに偉そうな顔をする。

誰も否定できない正論を振りかざした瞬間、熱をもっていた話はそこで一瞬にして冷える。

「いやいや、確かにそうなんだけどね....(苦笑)」

こんな感じで全部一言で”カタ”がついちゃうんだよね。

本人は

「でしょ?」

って悦に入ることができるのかもしれないけど、こういうのってただの「ウザい奴」でしかないよね。

 

物事を単純化するということ

確かに、物事を単純化して突き詰めていくと

「〜なだけ」

って考え方に収斂されていく。

それは間違いない。

でも、それを本当に理解した上で言うことができるのは『自ら体験した人』だけだと思うわけ。

自らが体験をして、そして突き詰めてきた。

だからこそ見える「世界」って絶対にあるじゃんね?

その「世界」を知った人だからこそ

「それって、〜なだけなんだよね」

って言い切れる。

自分で体験しているからこそ、そこに言葉に重みが生まれるんだよね。

 

体験したからこそ見える世界

こういう『体験したからこそ見えてくる世界』っていうのは、ちょこっとかじったくらいでは見えてこない。

ましてや、スマホを使って親指だけの動作でききかっぽじった浅い知識では到底たどり着けるはずがない。

本当に没頭して、ある意味気が狂う一歩手前くらいまでやってようやく見えてくるもの。

その時初めて

「あ!そういうことか!!」

って腹に落ちるんだよね。

まるで、ずーーーーっとモヤモヤして霧がかかったようになっていたことが、急に「ワッ!!」って開けて視界がハッキリしてくる。

そんな感じ。

 

「知っている」の価値

世の中、「知っている人」ってたくさんいる。

「え?それって〜いうことだよね?」 

そうやって言える人は本当に多い。

確かに物知り風に聞こえるセリフだ。

「あ、なんかこの人、わかっている!」

そんな風に思わせる不思議な言葉。

でも、今の時代ほとんどのことはGoogleを見ればいつでもわかること。

もはや「知っているだけ」では価値がない時代になってきたわけ。

そうした時代になった今だからこそ理解しておきたいのは、

 

「知っている」と「やったことがある」との間には大きな差がある

 

ということ。

そしてもう一つ言わせてもらえば、

 

「やったことがある」と「続けてきた」との間には雲泥の差がある

 

ということ。  

知っているとついつい

「え?それって〜だよね?」

と片付けてしまうことが増えてくる。

でも、その瞬間、その人は”新しく学ぶこと”を放棄していることになる。

自分の中の既存の知識が通用することに対して安心してしまうんだよ。

だから、「もうそれは聞かなくていい話♪ だって、知ってるもん!」って、自分の中で思っちゃうんだよね。

その時点で『さらに学ぶ』ということに対してストップがかかる。

だから、次のステップの「やってみる」という大切なことができなくなるんだよね。

 

僕の場合は?

僕は去年からずっとブログを続けている。

途中更新が途絶えたりコンセプトがブレたりもしたけれど、これまでに書いた記事は100記事を越えた。

最初は

「読んでくれる人っているのだろうか?」

とか

「1日100アクセスくらいあればいいな〜」

なんて思っていたけど、今ではかなりのアクセスが集まるようになってきたし、それに付随して様々な知識や経験を得ることができた。

それって今考えれば『ここまで続けてきたからこそ見える世界』なんだろうな〜と思うわけ。

ブログを自分でやってみて気づいたけど、ブログから学べることって本当にいっぱいあるからね。

記事の書き方、文章の構成、記事の題名の付け方なんかもそうだし、SEOアフィリエイト、HTMLの編集方法もそうだよね。

新しいことを学んで行動に移す。

そして自分で出来るようになる。

これって本当に楽しいことだから。

途中で知ったかぶって

「ブログってただ思ったことを書いているだけでしょ?」

とか

「え?ただの日記でしょ?」

って単純化して考えていたらブログなんて続いてなかっただろうし、結局そこから何も学べなかっただろうな〜。

 

ブログを書くということ

ブログ記事って、大げさに言えば自分の体験や経験、ノウハウの一部分を切り取ってシェアをする行為だと思う。

もし、プライベートが充実していなかったり、新しい発見を能動的に探すことをしなければ、いつの間にか『ネタ切れ』になってしまうんだよね。

書くことがなくなれば、そのブログを更新することはできないし、更新しようとも思わないだろう。

そんな風に『ネタ切れ』になってブログを辞めてしまう人って一定数いるはず。

だかから、クオリティの高い記事を書き続けるには、自分自身がきちんとしたクオリティを持っていなければいけない。

僕はそう思っている。

でもこれって難しいんだよね。

「え?ブログってただの日記でしょ?」

そんな風に単純化してしまう人はぜひやってみて欲しい。

クオリティの高い”日記”を書き続けることがどれだけ難しいか。

きっと

「すいません、舐めてました...」

って言うと思うよ。

 

単純化のいいところ

とは言っても、物事を単純化して考えるってことは時にはいいこともあるんだよ。

この記事の最初でもちょっとだけ触れたよね?

突破口を開くためには必要だって。

例えば、ちょっとしたトラブルが発生した時とか、辛いことが起きた時にとても役に立つ。

「でも、それって〜なだけだよね」

そうやって言われると気が楽になるよね?

何の希望も見出せず、暗い闇の中に一人たたずんでいる人。

そんな人でも、この言葉に救われることもあるんだ。

「そうだよね!こんなことでヘコんでちゃだめだよね!」

って立ち上がることができる勇気を持つきっかけになる。

だから、物事を単純化させて考えることは悪いことではなく、状況によってはとてもいいことでもあることは覚えておいて欲しい。

 

最後に

物事を単純化させて考える。

これは知識があるからこそ出来ることなんだよね。

それ自体に「良い」も「悪い」もない。

だけど、物事を単純化させて考えてばっかりいると、新しく学ぶ機会を失うこともあるし、そこから「やってみる」という行動に移すことが億劫になってしまうこともある。

そういったリスクも内包してることも気をつけていかなくてはいけない。

あなたは

「あ、それって〜だよね?」

という言葉で自分を無意識に安心させていないだろうか?

無意識のうちに新しいことを学ぶきっかけを閉ざし、行動することから逃げていないだろうか?

一度自分を振り返ってみるといいかもしれません。

 

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