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英語で一発逆転!田舎者でも外資系金融で働けたブログ

外資系金融で働きたい人、外資系金融に転職したい人、外資系金融に憧れている人、そんな人のために情報発信をするブログです。その他、英語に関することや雑記などあれこれ書いています。

僕が海外留学から帰国後、あえて小さな外資系金融に入社を決めた理由

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このブログで何回か書いていますが、僕は海外留学から帰国した後に都内の某外資系金融に入社をすることにしたのですが、その会社は正直あまり大きな会社ではありませんでした。

一般的に海外でMBA(経営学修士)を取得した後というのは、ある程度ネームバリューのある有名な外資系金融(もしくは外資系企業)か、もしくはコンサル会社にいくことがベタなキャリアの歩み方として知られています。実際僕も日本で就職活動をしていた時は某A外資系銀行の面接にも行きましたし、同時にいくつか面白そうなコンサル会社の面接も受けていました。でも、色んな企業の面接を受けているうちに、あえてその小さな外資系金融で就職することを決めたのです。今回の記事ではその理由について書いてみたいと思います。

 

帰国後に持っていたアグレッシブな想い

僕は新卒で入った会社を半年で退職し、そこから海外留学に飛び出しました。そのため、同年代の人と比較して社会人経験がありませんでした。留学中は英語の勉強ばかりしていましたし、学性ビザという縛りもありましたし当然働いた経験はありません。この社会人として経験が少ないということは大きなコンプレックスになっていました。

留学中はお金に余裕がありませんから、爪に火を灯すような生活を経験したこともあります。でも、日本にいる同級生や元同期はしっかりと自分の手でお金を稼いでいるわけです。一足先に大人になった周りの人たちと、社会人から学生に戻って海外でヒーヒーいいながら勉強している自分。でも、周りには働いている人の方が相対的に偉いみたいな感覚があって

「いいよね、また学生に戻ってさ!」

そんな風に思われていたと思います。確かに、お金を払って学んでいる人間と、お金を貰うために働いている人とではそもそもの立ち位置が違いますし、日々の暮らしの中で感じる厳しさの面から言えば、

社会人>学生

というのは、両方を経験している僕は十分に理解していました。だからこそ、歯がゆかったんです。なんともいえない劣等感と、どうしようもできない現実に閉塞感を感じていたんです。

もし就職をしたら猛烈に働く。そして、その社会人の経験の差を3年で取り戻す

留学から帰った僕はそのようなアグレッシブな想いで一杯でした。

 

大手ではなく小さな会社へ

A銀行への面接は元同期からの紹介によるものでした。A銀行のような超一流のグローバル企業で働くことができるのは当時は大変名誉なことでしたし、自分にとって最高の経験ができると思いました。でも、当時僕はこんな風に思っていました。

大きな企業に就職してしまうと歯車の一部となってしまう可能性がある。歯車の一部としてルーティンワークをこなす業務をやっていて、果たして社会人の経験の差を埋めることができるのか?どうせなら、もっと自分にいろんなことを任せてくれるような柔軟な組織の方が自分にとってはいい職場なのではないだろうか?

そんな風に思っていた僕は、A銀行ではなく、まさにこれから日本でビジネスを大きく展開していこうとしていた某外資系金融に入社をすることに決めたのです。小さな組織であれば自分の存在感は相対的に大きくなる。人も多くないので自分に任せてもらう仕事もたくさんあるはずだ。そんな強い期待感があったのです。

今思えば非常にもったいないことをしてしまったとおもいますし、もしあの時に戻れるのであれば迷わずA銀行に入っているでしょう(半分冗談です)でも、それも人生。結局、その外資系企業でしっかりとキャリアを積んでから有名外資系銀行に転職できたわけですから、自分の実力さえきちんと証明できればどこで働いていようがチャンスはあるということです。

 

入社後は大変だった

入社を決めた小さな外資系金融。出社初日は緊張とワクワクでなぜか会社と逆方向の電車に乗ってしまったことを今でも覚えています。(これを入社2年目とかでやっちゃうと、またそれは違う意味になっちゃいますよねw)所属していた部門はオペレーション部門。米国本社と日本のお客さんとをつなぐ非常に重要な役割を持った部門でした。留学時代で嫌という程鍛えた英語も思いっきり活かすことができましたし、何より部門にアサインされている人数がものすごく少なかったので、入社してすぐに数多くの現場の業務を任されたことは期待通りの展開でした。

ただ、その時の苦しかった点を言えば、忙しすぎて十分なトレーニングがなかったというのと、マニュアルが存在しなかったことが本当に辛かったですね。トレーニングはOJTという形で一応は存在していたからまだよかったものの、マニュアルがないというのは業務中に参照にするものがそもそも存在しないわけですから、先輩社員に対して

「すいません。ちょっとここを教えて...」

と聞く必要が出てくるわけなんですよね。教えてもらったことでも、またもう一度確認のために聞かなければいけないことってありますもんね。でも、みんな自分のタスクで猛烈に忙しいから中々質問をすることができません。「ちょっと待って!」と言われても実際は相当待たないと話ができないくらいの忙しさなんです。

なので、

「あ、こりゃ自分でやるしかないわ...」

となるんです。

いわば、嫌でも成長しなくてはいけない状態になるのです。

勝手に育つ大切さ。勝手に貪欲に学ぶ姿勢。ここで学んだマインドは今でも役に立っています。

 

猛烈に働いた日々

その外資系企業では本当に猛烈に働きました。色んなプロジェクトには自分から手を上げて自分に仕事を振ってもらうようにしました。誰に言われたわけでもなく24時間会社のメールはチェックしていましたし、必要があれば喜んで休日出勤もしました。会社には勉強させていただいているという訳のわからない浪花節の考えから、打ち合わせのミーティングなどの交通費の請求は一切やりませんでした。飲み会の後も会社に戻って仕事をしましたし、家に帰ってから夜中のミーティングのためにまた出社するということもやりました。忸怩たる想いを抱えて「こんなク◯会社辞めたるわ!」とヤケクソになりかけたこともありましたし、ときには大きな失敗をしてしまい周りに迷惑をかけることもありました。

そんな風に一生懸命仕事をしていた結果、会社の中で最年少でSeniorに昇格することができました。(そもそも僕の年齢が会社の中で一二を争うくらい若かかったというのもありますが)Seniorに昇格してからはさらに働くようになり、会社の業務の内容をほとんど把握するまでになりました。このあたりまでくると、もはや"感覚"で全てのことがわかるようになってきました。言葉にするのは難しいですが、手足が勝手に動く、そういう職人的な感覚です。何かが起こっても「あ、それはこうね!」と瞬時に適切な行動を取れるようになっていたのです。

全く整備されていなかったマニュアルも、新しく入社した人が1日でも早く仕事になれるようになってほしい、僕と同じように苦しい想いをしないようにしてほしい、という想いからきちんと整備。自分の脳の中にあった業務フローを全てドキュメンテーション化させました。ここまでくると、もはや意地でしたね。

社会人としての経験の差なんて埋めてやる!

という想いで頑張ってきましたが、この頃になるとそんなコンプレックスは消えていました。そして、次の新たなキャリアのステージとして僕は世界的に有名な外資系銀行へと転職をすることにしたのです。

外資系銀行への架け橋を作ってくれたオススメの転職エージェンについては以下の記事で紹介しています。転職に興味のある人はぜひ読んでみてください。

blog.inakano-masa.com

外資系金融で猛烈に働いた日々。かなり昔の話ですが、今思い出しても結構書けたことにビックリしました。やっぱり一生懸命頑張っていた日々というのはそれだけ充実していたということですね。まさに僕にとって青春の日々でした!!

 

まとめ 

以上、「僕が海外留学から帰国後、あえて小さな外資系金融に入社を決めた理由」になります。長々と書きましたが、これからどんな会社でキャリアを築いていこうか迷っている人の参考になれば幸いです。

人は人生の節目で大きな決断をしなければいけない時があります。その決断次第で今後の人生が大きく変わることがあります。仕事の選択は人生に対して大きな影響を与えます。後悔のないよう、そして、自分が心の底から「良かった!」と思える選択をしてください。それが幸せな人生を送る秘訣になるかもしれませんね!

 

 

例え小さな外資系金融の会社であろうと、そこでしっかりと結果を出していればキャリアアップは十分に可能です。大手企業には大手の魅力があります。しかし、あなたがあなたらしく輝ける会社は大手だけではありません。自分がその時にやりたいこと、自分が絶対に負けたくないこと、そんな気持ちに正直になって会社を選ぶことが大切です。

 

 

 

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